シータヒーリング 関わり方

ケース①友達を作る

「ある子が友達に現金をばら撒いたりおもちゃをプレゼントしまくって問題になり、転校になりそうだ、過去片手以上転校を繰り返している」

確かにそれは、学校というルール上「悪いこと」かもしれません。けれど、「何故」その子はばら撒くのでしょうか。なぜそうするのか?を問わずに形式的に転校という形で解決しようとしていることが問題です。

相次ぐ転校が親の事情なのかは分かりませんが、新しい環境にひとり入っていく恐怖は、大人も同じです。受け入れて貰えるんだろうか?友達は出来るんだろうか?居心地は良いのだろうか。それを乗り越える勇気を発揮する時に、まだ脳が子どもの場合、発達段階的に自分で自分を励ますことは難しいです。大人が励まし、社会に入っていけるためのちょっとしたアドバイスをすることが必要です。それが養育。はげまし、新しいチャレンジをサポートすることが養育です。

その子は、友達の作り方が分からない。自分のものを与えることでしか、社会と関われない。でも、関わる方法を知らないだけなのです。人との関わり方を誰も教えてくれないから。大人だって、やりますよね、これ。金品を与えて繋がりをもとうとはしないかもしれませんが、自分の時間を明け渡して、嫌だという本心を我慢させて、関わりたい相手やコミュニティに「尽くし」てしまうのと同じです。あるいは、誰か1人の悪口、噂話をすることで仲間意識を育てて仲良くなる。共通の敵を前に一致団結して絆を作る。脳が子ども時代にはぐくまれなかった大人もやります。

いずれも、関わり方を知らない点を掘り下げてサポートされる必要があります。

ケース①の2 優しさ

学校は転校という手段でたらい回し出来ます。でもこの子はどうなるのでしょうね。息子が言うには、優しい子だそうです。嫌な子じゃない、優しいからモノを配ったんじゃないか?と。みなさんはどう思いますか?これは、優しさから出てきた行動だと思いますか?

ここからは、金品を受け取っていた側のお話です。モノが降ってわく。高価なモノを、理由なく手に入れる。これは、もらう側の子どもにとっては、いつしかそれが当たり前になっていきます。現に、学校にバレるまでかなりもらっていたようです。これは、「欲しいものを手に入れる工夫、方法」を子ども時代に学ぶ機会を損失させます。クリスマスや誕生日にとびきりの欲しいものを手に入れる、それ以外の時に欲しいものがあるなら、例えばお小遣いを「貯める」「計画的にお金を使う」学びをするのも子ども時代です。また、親と交渉して欲しいものを手に入れるタイプの子は、ディベート力を鍛える経験になります。

簡単に手に入っても良いけど、意図しない高額なものが降って湧いてくるこの状態は、育まれる予定の知恵や資質が発達する機会を損失させます。つまり、一見優しさに見えるものが、学びを奪うことになるのです。

優しさのようで優しさではないもの、それを見分けることは容易いです。何故なら、「恐れ」が背景にあるのは優しさではないからです。友達の作り方が分からない、ハブられたらどうしようという不安や恐れを、金品をばら撒くという方法で解決しようとしています。恐れが動機の行動は、自分だけでなく相手にもネガティブな状態(発達の機会損失)を創造します。

親子もそう。極端な例として、事故にあったら大変だから、と外出禁止にするのは子どもの社会的な体験を機会損失させます。優しさでしょうか?この子と付き合っちゃだめ、あれは食べちゃだめ、は親の心配、つまり恐れです。子どもからしたら、いらんお世話。不適切な関わり方は、連鎖します。誰も教えてくれないから。だからいつでも「何故そうするの?」と問い、行動の動機に恐れが隠れていないかを見つけ自覚することが必要かもしれませんね。

私は昔、ヒッチハイクのティーンエイジャーを拾ったことがあります。その時、私はエゴで短絡的な助け方をしました。親と衝突し家出し、何ヶ月か彷徨っていた子。実家に帰りたいけど勇気がない、だからズルズル彷徨っているけど、帰ることに決めた。だから乗せてもらえるところまで乗せて欲しい。その子はそう言いました。

私は千葉だという家の場所を聴き、そこまでは乗せて行けないからと駅に送り、お金を渡しました。2000円あれば帰れます。でも、改札でその子は戸惑った表情をしました。そう、いまなら絶対お金を渡すなんて助け方はしません。その子にとって、ヒッチハイクを繰り返し時間をかけて気持ちを整理し、親と向き合うための勇気を奮い立たせる時間は必要だった。だから効率が悪いヒッチハイクだったわけです。でも私は、ヒッチハイクって犯罪に巻き込まれる可能性もある、私が降ろしたあと、犯罪に巻き込まれたら寝覚めが悪いからと、自分の恐れから、お金を渡して電車に乗せるという手段に出たのです。あの時必要だったのは、親との問題を聴いていたのだから、励ますことでした。でも、出来なかった。励ます力もなかったから。

この学びが、その後の私の「サポートする」という定義のベースになっています。だから、金品をばら撒いた子には愛と光を送るのみです。その子はその子の環境の中で学んでいるのだから。そして、息子は友達作りが得意だから息子を通して間接的にヒントを送ることしかできません。

「その子が寂しそうにしていたら、一緒に遊ばなくても良いから、お得意の“一緒にあーそーほ“を目の前で見せてあげるとか、一緒に遊んでも良いかなって思うなら、条件なんてなしで当たり前に一緒に遊べるんだよって姿見せてあげられたらいいね。」と伝えて、息子がそれをしたいと思えばどうぞ、という道を示すだけ。

ケース②コミュニケーション

第五チャクラはコミュニケーションのチャクラです。コミュニケーションは、ただ喋りが上手いかどうかではありません。適切なキャッチボールが出来るかどうかです。キャッチボールするためには、相手の状態を考慮する必要がありますよね。

今朝起き時、下の部屋から息子と旦那が言い争いをしている声が聴こえました。私が降りて行くと息子は突っ伏して泣いていました。どうしたの?と声をかけても泣いているから、旦那に事情を聴きました。今日は雨で運動会が明日に延期になりました。これは、明日やるのが最善だと分かっているので息子にとっても問題ではありません。問題は、運動会が午前中で終わったら午後にポケモンカードを買いに行く約束を旦那としていたのに、延期で丸々休みになったのに、突然旦那が「今日仕事行くわ」と予定を変えて、カードを買いに行けなくなったこと。

旦那がすっかり約束を忘れていたのですが、息子としては「約束したのに、仕事行ったら買いに行けないじゃん!」です。そりゃ、怒ります。で、お父さん約束したじゃん!と泣いた息子に対して旦那が「だって来週ママが大阪行くから俺は休み取りまくってるんだよ。休み過ぎだから、今日は行くよ」と言い、「とにかく仕事は行くんだから、カードは買いに行けない。不可能なことをいつまでも言って怒るなよ」って言い放ったんです。そりゃー突っ伏して泣くわな。

いや、これ、旦那、アウトー!で、一通り事情を聞いたので私は旦那にききました。「ねぇ、仕事行くなら行くで良いけどさ、代替案は出したの?」と。「今日行けないなら、明日運動会のあとに行こうとか、プレミアム品でそもそもどこで入手出来るか分からないんだから、ネットでも探すよとか、納得できる提案をして話し合ったの?一方的に不可能だからわがまま言うな!みたいな言い方して終わりにしたら、感情の持って行き方も分からないよ。」

コミュニケーションを取るということは、相手の気持ちと自分の気持ち双方を出しあって、着地点を見つけることです。お互いに心地よくあるために、言葉という必要なコミュニケーションツールが人間にはあるわけだから。一方的に喋り、自分の欲求だけを通すためにするのは、コミュニケーションではなく支配です。コントロールです。

旦那も柔軟なほうなので、ハッとした顔をして速攻息子に謝っていました。そして、仕事行く前に1時間くらいなら買いに行けるから、どこに売ってるか探してみるね、と検索しました。が、近隣に売ってない。でも息子は、話をきいてもらえたこと、約束を違う形で守ってくれようとしたことに納得し、明日午後に買いに行けば良いよと気持ちを立て直しました。

ケース①も②も、関わり方、コミュニケーションの取り方が分からないだけです。誰も悪くない。育まれてきた背景や学んできたことは人によって違うから。じゃあどうしたら良いか。私に出来ることは何か。今ここにこれを書いているように、一つは具体的な例を発信をして気づきをサポートすること。もう一つは、自分を知る必要性を訴えること。うわ、私もそうだ、人と繋がりたくて我慢したり、自分の時間を明け渡してる!と気づいたら、変わりたい、に繋がって行きます。そして、どうすれば変われるかは、自分の中にどんな思考があるのかを見つけることが必要だから、自分を知って変える道筋があるこのメソッドを訴えていく。

どちらも、育みがテーマですね。シータヒーリングはリレ3のクラスで扱います。自分を育み直す。親に育まれなくても、自分で出来るからね。BIGファーザー(マザー?)いるじゃないですか、創造主っていう。