シータヒーリング 良い兆し

学びはダウンロードの後から始まる

ビリーフワークやセッションで、たくさんダウンロードしますよね。そのあと日常に戻った時から、変化のプロセスが始まります。セッション中に訪れる変化は微々たるもので、必ずアフターに変容プロセスがあります。

例えば「境界線」を創造主の定義観点でダウンロードしたとしましょう。ダウンロードすれば即日、完璧な境界線が持てると思いますか?いいえ、持てません。何故でしょうか。それは、ダウンロードと言うのはあくまでもエネルギーを変えただけであり、体の反応(信号)を変えたに過ぎず、そのエネルギーは「日常で使いながら」身につける必要があるからです。

基礎DNAのテキストにきちんと書いてあります。境界線の場合、どこで引くのが心地よいのかは、相手によりケースバイケースです。だから人間関係の中で境界線のエネルギーを使うという経験をしながら学んで行きます。つまり学びとは、ダウンロードして終わりではなくダウンロードしてから始まります。

これを理解していないと、セッションの効果がなかった!何で何回も同じテーマをワークする羽目になるんだろう?と、創造主またはヒーラーへの八つ当たりが始まります。あるいは自身へのダメ出しジャッジが始まります。ではどうしたら良いのでしょうか。

シータヒーリングを魔法の、努力なしで瞬時に変容をもたらす都合の良いものと捉えたり、他力本願でヒーラーがなんとかしてくれたでしょ、と考えるのをやめてください。人は、自分自身でしか現実を創造出来ません。だから、セッションのあとで「ダウンロードしたエネルギーや徳を日常で使う練習を経験する」ということをまず受け入れてください。いわゆる「ユニバースのお試し」というやつです。

もちろんその場で変わるものも多々ありますよ。ただ、知らなかった感情ややり方はDLしてもすぐには使えるようになりません。自転車を買ってきて、その場で乗れないのと同じです。持ってはいるけれど、練習(使う機会)が必要です。

それ、ドラマじゃなくて良い兆しです

「関係性を断ちたいのに、セッション受けたのにまた避けたい人に嫌なことを言われた」というような場合、それ良い兆しです。ダウンロードしたエネルギーを使おうとしています。学ぼうとしています。だから「私はもう新しいやり方を知っているし、徳のエネルギーも持ってる。あとは使えるようになるだけ」と強く意識してください。

よく、何で創造主の定義観点の中身を説明出来るんですか?と聴かれますが、それは体験してきたからです。理解するまで現実にトライシーンが現れ、都度「ああ!こういうことか」と理解して行きます。だから言語化して説明出来るのです。

学びはセッションをして終わりじゃない。そこからがスタートだと知っておいてください。そして、いくつか注意が必要な徳の学びをシェアしておきます。

受容、尊重は学びに「努力」を伴います。相手をジャッジしたり、被害者ぶったり、二元論で他者を見る。これが手放せた時、受容や尊重の徳は学び終えます。なかなか難しいですよね?これが出来るなら、もう何のセミナーも受講しなくてOKです。難しいから「努力」が必要で、これらを学ぶには他の様々な徳を合わせ技で学んでいく必要があります。

私自身もまだ境界線はやっていますよ。他の徳との兼ね合いで境界線を使う学びがあるので、たまに「え…なんで」という相手から一方的な利己的なアプローチをされますが、速攻で断れるので日常では影響はありません。でも断る時に、既に身につけている「勇気・勇敢さ」や「明瞭さ」などはサクサク使えますが「寛容さ」に関してはまだ学び続ける必要があるようです。

まぁ、寛容さを使う時に七層に聴いてしまえば、どう断るのが最善最楽かは分かるのですが、本当の意味での優しさや思いやりはどれか?どこまでが寛容か?を自分で考えながらお試しに対して実験的なトライをしているので(楽しいからしたい派です)、ここの学びは亀ペースでやっている状態です。

皆さんも、何かドラマっぽいことが起こったなら「チャーンス!学びの実践に入ったー!」と、良い兆しとして捉えてくださいね。それ、本当の学びと、本当の解放が始まっているというサインです。(解放という言葉は好きではないのですが、分かりやすいので敢えて使っています。解放、さ、れ、る、という被害者的な視点ではなく、手、放、すという主体性のエネルギーで解釈してくださいね)