木曜日、弟と午後から出かけました。道中車内で記憶にない私の過去のやらかしを知りました。それが、子どもや部下を育てる皆さんにも学びのシェアになると良いなと思うので赤裸々に述べていきます。
嘘の自分で生きる罪悪感
私が遺伝子の中に書き込んだビリーフの出発点は幼少期です。私は幼稚園のお絵かきで「花火の絵を描く」という家でやってくる課題を自分でやりませんでした。描こうとする間もなく「母が描く」と言われました。「お前が描いても下手くそだから、描いてあげる」と言われるがまま描いてもらい、人物の目だけは自分で描くよう言われたので描きました。
これが、園で選ばれて市で選ばれて、どこかに大々的に飾られました。その飾られた絵の前で撮った写真の私は、罪悪感でいっぱいの目をしていました。この時に「本当の私は絵が描けないのに。出来ないのに出来ることになって褒められてる」と、罪悪感という感情は言語化出来ませんでしたが「自分は騙している悪い子」という思い込みを作りました(五歳)。その後も色々な宿題は全て母がやり、罪悪感は膨れ上がり、本当の自分ってなんだろう?何も出来ないのが本当の私なのに、となっていきました。
母が代わりにやることは、私の成長、気づき、学びの機会をエゴで奪った形になります。母の中では、私は優秀な表彰される子どもでなければならなかったからです。父が「うちの子(たかが医者)なら勉強も運動も一番でなければならない」と強いていたので、母も追随して見栄と父への恐れのためにそうしたのだと思います。
こういう経験が続いて、私は絵に関してはどうでも良くなり、勉強は「なら、逆をいってやる」と反発し、わざと私立小学校のお受験本名時に勝手に部屋を出て行き不合格になるくらい拒否。父と母への復讐でした。けれど、最後のお受験校は試験にクレヨンでの果物の模写がありました。ここには合格してしまったのですが、入学後に美術のおじいさん先生がわざわざ会いに来て「何故みかんをあの色で塗ったの?」と聞かれました。私は、だよね、絵なんて描いたことないもん。怒られるんだろうな、と思いました。けれど先生は「幼稚園の子どもは、色を塗り重ねたりしない。みかんを黄色、オレンジを混ぜて青を入れたりしない。誰かに教わったの?絵を習ってるの?」と。私の目には、光の当たり具合で正確に色のグラデーションが見えます。だから当然一色で塗る発想はなく、影の部分にオレンジと青を使いました。ここでベタ褒めされ、一年二年の動物園に行った写生会で描いた絵が表彰された経験で、私は嘘の自分を本当の自分に変えました。私は幼稚園の時自分で花火を描かなかっだけど、何もできない嘘つきじゃなかったんだ、私も描けばできるんだ、という自信を回復しました。
こういう経験があったから、今の私は子どもの美術系の宿題を手伝いません。仕上がりがどうあろうが、本人が描く経験が大切だと分かるからです。同じ罪悪感をもたせてはいけないと知っているからです。でも、私は弟に母と同じことをやっていたことが発覚しました。
学びの機会を奪う
弟が小学四年生の時、母が私に「代わりに描いてあげなさい」と言い、私が絵を描いたらしく、それが全校で金賞を取ってしまったそうです。記憶にありません。別の絵でも弟が石垣を塗っていた時、「灰色は一律じゃないよ。濃く均一で塗ってあるから、ティッシュを水に濡らしてトントンとランダムに拭いたら光の当たり方を表現出来るし、ここは影があるから違う色を重ねたらいいよ」と言って、やってしまったようです。
さらに、弟が中学三年生の人権作文に悩んでいた時、母が貴美子に書いてもらいなさい!と言ったらしく、全く覚えていませんが私が書いたそうです。「ぎゃー!殺される!」から始まる書き出しだったと弟は言っていました。しらんがな。その作文は、校内で選ばれ壇上に上がり表彰されてしまい、さらに県のコンクールだったので県に代表として提出され、なんと金賞を取り再び壇上で表彰される羽目になったのだとか。知りませんでした。大学生だったし、家を出ていたから。
弟は言っていました。俺は何の実力もないのに、評価だけされて、罪悪感で消えたかった。本当の俺じゃない俺をみんなに見せて騙してしまったといたたまれなかったと。
私の花火と全く一緒ですね。なんで、自分があれほど嫌で、胸がえぐられるような感覚がしたのに弟に同じことをしてしまったんだと。多分作文に関しては当時大学で論文を書きまくっていたので、もしかしたら私は文章が書ける!実力をためしてみよう!という安易なエゴで、弟の「思考して形にする」という学びの機会を奪ってしまったのかもしれません。
これは「良かれ」と思って過保護に手を出し成長を阻害することでもあり、また自分のエゴを満足させるために成長の機会を奪うことでした。親も私も同じビリーフがあったのです。人は誰でも自分だけの命、人生があります。誰かの思惑で人生を明け渡す必要はない。自ら感じ、気づき、学んで行く。このプロセスがなく「結果」だけしかない場合、そこには偽りの自分という罪悪感が生まれます。これが、自分はダメだという自己ジャッジにつながり、自信の無さは行動制限になっていきます。母も私も弟も、同じ「自己愛」「自由意志」を学んでいたのですね。自分らしさとは、経験の中でどう感じるか、をして行きながら形成されます。けれど経験の機会が奪われたなら、らしさの形成に不具合が生じます。
だからきっと、私の底流は父母に反発して望まれるのと真逆の姿になってやる!をやり続けることで、自分はどうしたいのかを知り、選択肢があることに安心をしていたのでしょう。弟は、偽物の自分を壊してしまえ、とガチのワルになり、優しさからそれがうまく行かず最終的に偽りを演じ続けることを選んで安心を得ようとしたのでしょう。
息子にしっかり遺伝した
母の恐れとエゴから生まれた「学びを奪う」のビリーフ、私や弟の「自分は嘘つきた」という罪悪感のビリーフ。そんな話をしながら2人ともメガネを新調し、帰宅。息子が夏休みの宿題をやっていました。実は…夏休みのドリル2冊、全ページ丸写しが先週土曜日に発覚したのですよ。丸つけをしていて私が気づきました。消しゴムで全部消して、あと一週間で終わらせること、嘘をついて経験を飛ばしたらその末路はどうなるかを話し合って、やると決めて宿題をしていました。
1日で一冊終わらせ、あと3ページで2冊目が終わります。やりながら、出来ない問題の攻略の仕方を私に聴き、一緒にやるうちに「出来た!」という成功体験を重ね、息子が言った言葉は「ちゃんとやれば、自分のことを好きだって思えるね」でした。ああ〜リンクしてらぁ。
少し前に読書感想文をやる時、息子は書く前に感想を口頭で言い、素晴らしい考え方をするなと思っていたのに、いざ書くとなったら一行も書けませんでした。口頭での感想を聴いていない主人が面倒をみていたのですが、途中でブチ切れて「あいつはダメだ!一行も書けない!」と私に愚痴を言いました。これも今思えば「人がやってくれるから宿題は自分のやることじゃない」という私の幼少期に作ったビリーフが遺伝しちゃったんですね。自分は嘘つきだという思い込みもしっかり遺伝。そう思い込むメリットも、学びも諸々クリアにしました。
読書感想文もドリルも絵も習字も「自分の経験として必要だからやる」を体現してどうにか終わりそうな息子。長い間忘れていたビリーフを教えてくれてありがとう、です。息子が教えてくれてるのに気づかず、弟がサポートしてくれてやっとビリーフに気づいた私。まだまだですねぇ。でもだから、人間って面白い。家系丸ごとシフトしました。







