少し前にマニフェストが叶いました。去年どうしても繋がらなきゃいけない衝動に駆られた旧友がいます。その時、今連絡が必要だという直感が騒ぎました。けれど連絡先をいくら探しても見つかりませんでした。執拗に全てのメールアドレスを探しても。その方がかつて書いていたブログも見つからず、けれどどこかできっと、あの素晴らしい文筆をしているはず、と思って探しました。結果、見つかりませんでした。そこでマニフェストしたわけです。双方ベストなタイミングで再会する、と。
先日、朝からSMSに心あたりのないShopコードが何度も届きました。誰かが不正ログインしようとしていました。2段階認証でsmsにコードが届くようにしてあるのですが、この認証を電話番号によるsms認証からフェイスIDに変えようと思って、色々操作していました。
その過程でSMSの何かをいじった時、突如としてMessageアプリに懐かしい旧友の名前を見つけました。あれだけ探して見つからなかったのに。当時、何故か分かりませんが相手はメールアドレス、私はMessage で返信していたようで、メールアドレスがそこに残っていました。当時の彼女のブログで使われていたアドレス名だったので、一か八かでしたがメールしてみました。すると、返信があったのです。
ユニバースに感謝しました。何故連絡衝動に駆られたのか。それは、ソウルファミリーだから。魂が一緒に旅する「ディバインライフパートナー」の話は聞いた事がありますか?それは、時代を超えて再び会い、一緒に学びシフトするという約束をした相手です。同じ波長の時に出会います。だから片方がシフトすれば、出会っていなくても離れていても、もう片方もシフトして行きます。つまり、別々に学びながら出会うタイミングを待っています。
ソウルファミリーも似たところがあり、全てのファミリーがそうではありませんが、相性が良く魂の学びを一緒にやろうと、どこかの時空で約束していればタイミングが合った時に出会います。私が彼女に出会ったのは、10年ちょっと前のディバインタイミングの時でした。結婚直前。出産後にしたやり取りを最後に、私が育児の忙しさやシータヒーリングとの出会いで忙殺され、いつしか連絡をとらなくなりました。当時はその距離を取るのも最善かもしれないと思ったからです。
シータヒーリングをやり、インストラクターになり、たくさんの人と関わる中でも彼女を忘れたことはありませんでした。何故なら彼女は、スピリチュアルとは無縁の私にスピリチュアルを教えてくれた人だからです。今思えばそれは、四層系のスピリチュアルでしたが、不思議な世界にただただ「面白い世界にアンテナ張ってるな」と興味深かった。今再び彼女とやりとりが再会し感じたのは「やっぱりソウルファミリーって、手法は違っても(シータじゃなくても)、同じようなペースで学び気づきシフトしてるんだな」です。自己犠牲から自己愛にベクトルが向いていて何よりだと嬉しく思いました。
先日のブログで、ソウルファミリーをあえて呼ばなかったと書きましたが、考えてみればソウルファミリーにも色々な段階の人がいますよね。私が定義し思い込んでいたのは、マスターのソウルファミリーのことで、だから呼ばなくても勝手に悟って行くと思っていたわけです。ツインソウルにも出会っていますが、その人もまぁ鏡写しのような人生を体験し、10年ぶりに再会したら宗教哲学の研究者であり大学で講演するような人になっていました。およそ、そんなものとは無縁のような、かつての私と同じ「キレッキレ、ゴリゴリの経営者」だったから、尚更その進化と変容に「やっぱ放っておいても大丈夫」になっていたんでしょうね。
思うんですよ。私は何が喜びなんだろうかと。美味しいもの(特に果物)、推し、知識欲に触れている時はもちろん喜びです。けれど「人と繋がる」こともまた喜び。なので、縁があるなら出会って良いなと思いました。
出会いというのは全てミラクルです。そして1つの出会いが終わると、次の出会いが来ます。これは法則です。分かりやすいのが、先週「LINE登録してる方で、お知らせ通知不要な人がいたらブロックしてくれた方がお互い良いよね」と思ってコマンドしました。もう動いていない昔の方々が1週間で7人登録外になり、同じ週にきっちり7人新しい方が登録されました。いつもこんな感じです。引き抜き置き換えと同じで、抜けたら入る。法則でしょう?
多くは新しい学びのフェーズに入る時や、自分のエネルギーが変わった時に起こります。意味があるのです。日常の例を言うと、昔ものすごく好きだった梨農園がありました。周辺は梨農園ばかりですが、そこの梨は明らかにレベルが違いました。神の食べ物ってこういうのだよね、って。ですが、農園のご主人が亡くなり、その技術を息子さんが継承出来ずに閉園しました。息子さんはお店で売り子をしていていちばん顔を合わせていたのですが、親父さんの技術は自分には無理だと言っていました。息子さんは一般の会社に勤めることになり、お店はなくなりました。
でもね、梨の木は、畑は誰かが買って生かしているはずだと思いました。親父さんほどの人なら、技術を任せられる知り合いの農家に譲っているはずだと。そこで私は、膨大な数の農園を3年かけて全部訪れ、味見し、あの味を探しました。3年目、メインの農園群から少し外れた場所にある小さな売り場を見つけました。ビンゴでした。あの味だ。
色艶形、一緒。大きさも、扱う品種も一緒。この経験で、私は大切なものなら諦めないこと、願えば叶って行くこと、梨「愛」という愛の純粋なエネルギーと、親父さんへの感謝が手繰り寄せたんだということを学びました。ヒーラーになる前の出来事です。こんなふうに、別れには何か意味があり、学びがあり、そして必ず新しい出会いがあります。
以前「佐川急便のおじちゃん」との再会を書いた記事がありますが、それもヒーラーになる前であり、私は結構何度も「抜けたら新しく入る」法則を身をもって体験していたんだなと思います。そう、失ったからと言って、見捨てられたわけではない。喜びが失われたわけじゃない。失った意味を問い、学びに気づいた時きっと、新たな「喜び」がそこに入ります。「もうそこ(それ、その人)でしか喜びを感じられない」と自分が思い込み決めてしまうから新しい喜びが入れないだけで、マインドを開けば入ってくる。
恋人との別れやペットとの別れも、そこから学べたことに感謝して、喜びを受け取って良いと自分に許可出来たらきっと、次の喜びな出会いがあります。凍りつきそこに時が止まったまま留まることが必要な期間もありますが、人生全てを凍らせる思い込みで過去に閉じ込められるのではなく、ゆっくり暖かな日差しで氷を溶かし、幸せになっても良いのだと自分に許可してあげてくださいね。







