シータヒーリング 平等と公平

足りないものにフォーカスしてしまう

人は、持っていないもの、足りないものばかり気にして、自分は不幸だと思い込みます。けれど、既に持っています。こう言うと「でも、持っていても大したことないから!欲しいものじゃないから!」と反論が起きますが、では何故、大したことじゃないと思えるスペックや環境を、あなたは今持っているのでしょうか。それを考えることが、魂の目的を知るひとつの入り口になります。

既に当たり前に持っているものは、魂が必要だから生まれる前に設定してきたものです。そして何を持っているのかに気づき、それに感謝出来た時、あなたはそれを使いこなし、あなたが望む未来を創造し始めます。後付けで習得するスペックもありますが、最初から持っているものは、努力なくして得ている使いこなしやすい最強のカードです。それを使うと、人生はイージーモードに近づきます。

けれど、なかなか持っているのが当たり前すぎて、「人と比較して」劣っていると感じるものばかりにフォーカスするので持っているトクベツなギフトに気づきません。ギフトを持っていることは魂の個性であり、誇らしく感じていいものです。それは優位性とは異なり、育てて開花させて、他者に分かち合える自分だけの素晴らしいギフトです。持っているものを、持っていない人に分かち合いながら、私たちはお互いに補い合って成長していきます。

さてこの「特別なギフト」と聴いて、中にはそんなの平等じゃない、不公平だと感じる人もいるでしょう。私は持っていないのに、欲しいのに、あの人は持っていてずるい、と嫉妬してしまう人もいるでしょう。でも、みんながみんな同じ資質なら、この世界に違いをもたらすことは出来ません。魂の成長は難しいでしょう。

特別な資質はお互いに成長しあうために必要な違いで、自分が持っている違いに気づくと「循環」という与えあい感謝しあい励ましあう宇宙の法則の中で生きることが可能になります。誰もが出らかの役に立てるギフトを持っているのです。それを目覚めさせ、伸ばし、お互いに持っていないものを与え合えたらどうでしょうか。嫉妬するのではなく、リスペクトしながら自分を育てていったらどうでしょうか。

平等と公平

皆さんは平等の定義をどう捉えていますか?例えば国が、富裕層も低所得層も一律同じ金額を税金徴収する、というのが「平等」です。助成金も、富裕層に同じだけ与えるのが平等です。組織の男女比を一律半々にせよ、と定めるのも平等です。もっと進めると、どんな仕事をしようが、一律同じ給料だ、というのも平等です。共産主義国はこの原理です。

平等って、本当に望むものですか?努力しても「男女半々で採用します、平等に」となれば、点数が高くても不合格になり、努力では超えられない壁になります。また数合わせで採用されたなら、本当に有用な人材が欠け、生産性は落ちます。民間企業の生産性が落ちれば国力が傾きます。国会議員や官僚がこのような制度になれば、国の頭脳となる、改革力のある組織編成は難しくなります。「平等」に線引きすることが果たして、豊かさでしょうか。

日本国の政策はかろうじて「公平」を採用しています。所得に応じて税金額が決まり、より支援が必要なところに税金が使われます。

例えば走るのが遅い子と速い子がいて、「手を繋いで一斉ゴール」という笑い話のような迷走教育が話題になりましたが、「平等」ならばこれで正解です。でもこれを学校教育の初期に、何の疑問も持たない年齢で教えられたら、国力はガタガタになる、というのはお分かりでしょうか。

努力しても無駄、という、モチベーションを叩き潰すものになりかねません。また、個性や得意を伸ばすチャンスも損失します。

「公平」とは、個々の生まれ持った特性、環境に応じて足りない部分を補い、相対的に効果を上げるためのものです。走るのが遅い子と速い子を一緒にゴールさせたいなら、遅い子が走り始める地点を速い子より前に持ってくる。学力が高く放っておいても学習習慣が身についている子の集団は1人の教員でカバーし、学習習慣がまだ身についておらずより個別の指導が必要な集団なら少人数にして教員を増やす。こういった、補い型の支援が「公平」です。大学の教室は階段形式に机が並びます。映画館も同じです。これは公平に受け取るためです。でも平等は、「全く同じ」措置なので、平地に机や椅子が並びます。夕飯のご飯の量を、お父さんと小学校低学年で平等に分けるべきでしょうか。

人は、他者が持っていて自分が持たざる時「不公平だ」と思います。けれど、不公平の反対は平等ではありません。「公平」なのです。同じ措置を求めるのではなく、個人個人に必要なものを補うのが公平です。

あなたが人生で「使わないから別にいらない」と使っていない絵を描く才能は、他の誰かが喉から手が出るほど欲しいものかもしれません。あなたが、振り回されて嫌!と悩むサードアイで観る力は、他の誰かが生涯願ってやまない資質かもしれません。

あなたが「掘り下げが苦手!」と不安になるその環境は、他の誰かが「受講したくてもお金がなくて先のクラスに進めない」と、進みたいのに諦めている環境の上に成り立つ悩みかもしれません。

「平等」なら、スペック無視です。公平なら、強みを活かし好きを活かし、そこにユニバースの支援も世の中の支援も手厚くもたらされます。イキイキと輝く後押しがあります。そして、他者とお互いに違いを分かち合い補い合うことが出来る原理の中で輝くことが出来ます。

というわけで、創造主の定義観点の公平さ、をDLして持っておくと良いかもしれませんね。