後悔を学びに変える

息子と学んだこと

「ママ明日学校行きたくないな。」3学期も残り2日で息子がポロり。なんで?と聴くと、「三年生お疲れ会がクラスであるんだけど、計算ドリル3周目が終わってない奴はお疲れ会に参加させない。その時間ドリルやっとけって先生が言った」と。

最後まで、この担任の先生ブレないなーと思いながら、なんで息子はこの先生引き寄せたのかしら…って考えていました。

この一年、常に「脅す」ことでしか子どもにモチベーションを与える方法を知らなかった先生。教育に取引を持ち込んで学ばせるやり方しか知らなかった先生。

計算ドリル3周やる、というのは全学年共通の学校目標です。インフルエンザ等でかなりの人数が休んだり、3周目のドリルは自主学習(義務ではない努力目標)という形で宿題になっていたため人により進めるペースが違ったりしたので、3周終わってない子が結構いたようです。

プール授業前に「着替え中に一言でもおしゃべりしたらプール無しにするからな」と言う過去の暴言でも分かるように、一貫して脅すことで子どもをコントロールしようとしていました。…言われた子供たちの気持ちを想像できないからこうなってしまうんでしょう。ドリルを全員終わらせたいなら、終われる設計を作る方法や終わらせたくなるようなモチベーションを与える方法を先生が知ってたら良かったのではないかな。子ども達には、先生からの励ましやゲーム性、達成感を得られる仕掛けが与えられていなかったのではないかな。

見事な子どもマインドの大人が、これ以上ないちょうど良い形で息子の人生に登場してくれたことに感謝します。これってすごい貴重な学びです。人がドラマを作ってしまうのは、やり方を知らない、徳を持っていない、感情が分からないという時です。三拍子そろった教科書のようなお手本を示してくださったおかげで、親子でたくさんの話が出来た一年でした。

話し合い

1年間、先生が何かやらかす度に息子に対してどんな気持ち?どうして欲しかった?どうしたい?と聴き続けました。支配や取引ではなく「何が目的か」を冷静に考え、そこに尊重があると先生がした言動にはならないかもね、と話し合ってきました。例えばドリルを3周する目的は、こなすことではなく自主的に取り組む力を育てるというプラスαの課題です。

なので息子は、適切な励まし方ってなんだろうね?とか人がどうして傷ついてしまうのか、とかどんな励ましがあったらやる気になると思う?1人の人間として子どもとか大人とか関係なく自由意志は尊重されるものなんだよとか、自分ならなんて声かけて先生と違う皆んながハッピーな時間を作れる?とか、実に様々なことを、先生の言動を教材にして私と学んで来ました。

そもそも、クラス編成はマニフェストしていて、お友達などの環境は最善です。願ったとおりになっています。だから担任の先生が彼だったのも、最善です。これを前提にしているので、息子も素直に学べることを学ぼうと話し合いが出来たのでしょう。

楽しいからやる。やってみたくなったからやる。その動線を作るのは、子どもマインドの先生には少し難しかったのかもしれない。動線を作る時に励まし設計が必要だから。子ども達をいつ励ましたら良いか知らず、どんなふうに励ましたら良いか分からなかったら、モチベーションの土台を整えることは相当難しい。先生自体が励ましが必要な子どもマインドだから、いうことを聴かない大勢の子供たちをまとめるのは大変だったろうなと思います。

子供たちも成長させてもらいましたが、先生も子どもたちに育てられてるなぁと思って観ていました。共同創造ですねぇ。ちなみにお疲れ会は参加できたそうです。

何故と問う力

応用DNAのテキストに書いてありましたよね、人間は何故と問う能力を与えられた存在だと。まさに三層は問題解決能力も学ぶ場所。工夫や実験もしながら何故?の答えを求めるのも地球での学び。先生はなんでそう言ったと思う?という問いの繰り返し…学び、味わってますねぇ。

学びの一年を経て息子の脳は「何故?」と問いかける能力が、あさっての方向に進化しました。先日買ったばかりの赤ペン(わざわざAmazonで注文)を息子が落として、学童の子がコレ俺のだ!と持って行ってしまったと怒り狂っていたんですよ、息子。同じの持ってたんだって。

まず赤ペン、なんでポケットに入れた?そりゃ落とすわ。モノを大切に、っていう学びなんじゃない?だって恐竜のフィギュア、ポケットに入れて公園行かないよね。大切なものは、落とす可能性が高いポケットに一時的にも入れないんじゃない?赤ペンの住処は筆箱だよね、と。

赤ペンも大切にしてくれない子からは逃げたくなるんと違うー?怒りや後悔は学びに変えちゃえば?今赤ペンっていう小さなモノが去る経験しといて良かったのかもよ?今気づいたから、未来に大切なものを雑に扱って失うっていうでっかいイベントを回避できるかもしんないじゃん。

なんて話して、一旦息子はお風呂入りに行きました。で、出てくるなり「ママ…やっぱ、学びに変えようとしても怒りが収まらない。なんで人間は、自分のものを奪われると怒りが湧くの?怒りなんか湧かなきゃいいのに、なんで悔しいの?遺伝子?」って質問しました、爆笑。

そだねー狩猟社会では何日かに一回しか獲物が捕まえられなかったかもしゃない。捕まえた獲物をうっかり家の前に置いて、解体道具取りに一瞬離れた時に盗まれたらどう?何日も腹ペコで、盗まれたら一家全滅。命に関わったのかもね、自分のものを奪われるということは。

なんて話をしたのですが、この、感情は何故生まれるのか?という問いかけ。息子よ、三層を学習してんなぁと、爆笑。小学三年生は人間が特定のシチュエーションである感情を持つ理由なんて考えない笑。担任の先生に対する「何故?」を一年やって、脳がシータ脳になってるなぁ…と笑ってしまったわけです。

今を整える思考のコントロール

ここで終わらないのがシータ脳。「じゃあ、どうしたら怒りがなくなるの?」ハイきました。コレね。シータヒーリングは使う感情を変えることで現実が変わると解きますが、すぐその思考になるあたりがもう。

学びを与えてくれた「奪った子」への感謝と許すというエネルギーを知る事が速いのですがね。まだまだ生まれて数年、徳を学んでいる最中なので、大人と同じ脳の処理は難しいです。

無理に怒りに蓋しなくて良いから、いつまで怒りが持続するかチャレンジしてみたら?飽きるよ、怒ってることに。怒り続けると、さらなる怒りの出来事が集まってくるから、一本100円のペンでどんだけ怒りの日常が買えるか実験してみたら?ハイリターンじゃん。と伝えると、いや、やっぱいいや、100円だし。もう気にしない、と好きな音楽聴き始めて終わりました。

ですね。ネガティヴを持続して「今」も「未来」も怒りまみれになるのは嫌だよね笑。今どうありたいかで、持っていたい感情をセレクトする、これは認知行動です。ここまで成長出来たのは、担任が日々非の打ち所がない反面教師をやってくれたから。

何事も最高最善だったと分かるのは、学び終わった後で、道中はくそ~と思って憤ったり泣いたり、いろいろあって気づけませんが、でも最初から自分の人生は創造主がサポートしてくれてるから最善しかないという前提にすると、見える範囲が変わります。サポートを信頼しづらいなら、マニフェストして、お願いしたから大丈夫なはず!と思って今を楽しんでみてください。