シータヒーリング 多次元

恥という感情

恥の感情。アメリカ人や他国人ではあまり作られないビリーフを、日本人は特に作っているかもしれません。

恥を感じるのは誰しも当たり前です。が、外側の世界を気にする原始的な「恥」が過剰になると、それが自己否定になっていく。出来ない自分を否定し、恥をかくくらいなら最初からやらない、という「可能性を摘む」意識になっていく、これが問題点ではないかなと思います。

日本人は文化的に、他人にどう思われるかを気にするからこそ、他国に類を見ない集団マナーを身につけています。これは民族的な美徳です。

例えば、くちゃくちゃ噛んで食べたり、食事中に肘をついてだら〜っと食べていたら親は叱ります。これは「一緒に食べる人がどう思うかな?不快にならないかな?」という慮る純粋な思いやりから出発したはずのマナーです。

おそらくですが、空気を読む=人の「氣」つまり思念を読み取る力が元々強い日本人は相手の快・不快を察知し、集団で心地よく居るためには?をマナーとして暗黙のルール化して来たのだと思います。

それがいつしか過剰になり、「迷惑をかけてはいけない」「不正解な行動をしてはいけない」という義務になり、それの押し付けが始まり、顔色を伺って「はみ出さない」ために行動制限を自らに課してしまいがちな民族に過剰成長したのかもしれません。

でもね、これは素晴らしい体験だと思います。私達の魂は、地球に様々な感情を体験しに来ます。恥という感情をこれほど体験出来る国に生まれた、と考えると素晴らしいでしょう?

バランスを学ぶ

そして、私達は「バランス」を学んでいます。恥を過剰に感じるのも、恐れや怒りを過剰に感じるのも、感受性が高く感情センサーが敏感に作用する民族に生まれたからこそ。振り切って感情を味わう体験をしたら、次はバランスを取る方法を学ぶんです。

他者の顔色を伺うのは、他者への思いやりが発端。次は自分が心地よい在り方なのかどうか?自分の意見はどうなのか?を感じ、自分への思いやりにフォーカスするフェーズに移行し、バランスを学んでいく。

はじめから「自分!自分!」であるより、バランスを学び易いと思いませんか?エゴが強すぎると、生涯他者への思いやりとのバランスを取るのが難しいかもしれませんよ?

恥も大元の源流には、迷惑をかけないという他者への慈愛のエネルギーが流れています。既に知っているエネルギーを、自分に向け始めたら、素晴らしい観点の徳をマスター出来るのではないでしょうか。

欧米は自分の自由意志を尊重することを先に学んでいますが、順番が異なるだけで皆同じ「バランス」を学ぶんです。日本人は今、自分の自由意志を学ぶフェーズという順番なだけ。どちらが優れているか?という類いのものではありません。魂が、どちらから学ぼうかな?どちらが学び易いかな?と自分で決めて、生まれる場所も選定しただけです。

スターシードと多次元

スターシードという概念があります。出身の惑星により、才能や気質が異なるという概念ですが、私には良く分かりません。何故なら魂は色々な場所に転生というか、分け御魂を配置して同時進行で学んでいるだけだからです。複数の星を経験していることもあるでしょうし、地球だって日本人と欧米人は気質も才能も違う。だから惑星単位で才能や気質を区分けする意味が分からないのです。

そもそも転生という概念は地球で生き学ぶために必要な、時間の幻想概念をベースにしたもので、実際はひとつの魂が複数の時空に散らばって分け御魂状態で学んでいるだけです。

ただ人間は、この時間幻想があるから次元を理解出来ないし、理解したら学びづらくなるからこれまではそこに触れず気づかず発展してきました。けれど、無条件の愛こそ他次元で時間という幻想の学ぶための枠組みがなく、全てを悟った先にあるエネルギーだから、七層に行った時に感覚的に他次元を理解出来ます。六層でも理解出来るかもしれません。

六層とチャネリング していたダ・ヴィンチやテスラは他次元に触れていたのかもしれません。この、見えているものが全てではないという真実は、マクロで例えるなら今述べた次元的な枠組みのことで、ミクロで見るなら「他者の真実」と「自分の感情や思い込みの枠組みからみた真実」は違って、見えていない他者の真実を加味して物事を見た時に意識は三次元四次元の自分の枠組みから抜けて、他次元に入り込める、ということではないかなと思います。

リレーションシップ2「あなたと創造主」をまだ学んでいない人には小難しい話かもしれませんが、リアルタイムで地球がディバインを迎えていて、次元シフトが起こっている今、皆さんの意識は勝手に同期され始めているので今日はこれを書いてみました。恥、から始まる切り口でしたが、「物事は他次元的に観る」それが今シフトに必要な感覚じゃないかな。